さざ波のような日々

さざ波のような日々

ミニマムに変化し、ゆるく生きる

自分の人生を創るメソッド「人生最適化」の本質とその方法

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こんにちは、おりんです。


「人生最適化」
こんな言葉、もし周りの人がいきなり言い出したらどう感じますか?

 

おそらく驚愕するでしょう。
そして「こいつは何を言っているんだ?」と思い、ヤバい奴認定されるのがオチです。


でも、だからこそ僕は「人生最適化」を声高に叫びます!


・「人生最適化」

文字通り、自分の人生を最も適性なものにすることを指します。


自分に「最も適している生き方」こそが、幸せを多く感じられるはず

生き方は人それぞれだからこそ、

主体的な「人生最適化」が必要不可欠です

 

ooorinnposu.hatenablog.com

 

 

しかし冒頭のように、「人生最適化」に対して距離を置く人が多いと思います。
言葉に抵抗があるのかもしれませんし、イメージが湧かないから敬遠されるのかもしれません。
そもそも、自分の人生を生きているという感覚さえないのかもしれないです。

 

現在の多様化した生き方の中で、どのように生きることが最適かを見つけられている人はそう多くないんじゃないかと思います。
(かくいう僕も試行錯誤中ではありますが、、)


・僕の人生最適化法

僕は効率化が大好きです。
時短テクを取り入れたりハウツー本を読んだり、そして実践して効果が出るととても楽しいです。

 

読書やネットによる情報収集は、効率化を行うためのインプット
そしてインプットのもと、環境整備や実践を行うことがアウトプット
このインプットとアウトプットの作業こそが、人生を最適化していくと考えています。

 

また時々システム論なんかを書くのも、どうやったら既存のシステムを最適化して、さらに楽にできるかを意識しています。
アウトプットをもとに「なぜ効果が出るのか」「もっと効率化できないのか」などを考えて、最適化をさらに進めていきます。


実践の伴っていないものも多く、机上の空論になりがち

しかし思考はいつどこでもできるので、インプットをもとに日々アップデートできていれば良いなあと考えています。


・ゆるさと効率は相反するのか?

ここで引っかかることが一つ
僕はなかなかの効率主義者です。
しかし、僕のモットーは「ミニマムに変化し、ゆるく生きる」

 

僕は始め、この二つは相反するものではないかと、違和感を覚えていました。
「低速」のゆるさと、「高速」の効率化
さて、ゆるさと効率は共存できるのか?

 

この矛盾したようにも見える考え方

僕は共存できると考えます。


・ゆるさのための効率

 

「ミニマムに変化し、ゆるく生きる」


「ゆるさ」が僕の軸になっているのは、前記事でも書いた通り、僕の人生にとって大きな価値をもっているからです。

ゆるく生きること - さざ波のような日々ooorinnposu.hatenablog.com

 

僕の考える「ゆるさ」とは、気楽に生きられる「余裕」のこと
「余裕」は精神や時間、経済など、どの面でも絶対に必要です。

 

そして「余裕(ゆるさ)」を生み出すために必要なことが、「効率」と言うわけです。

 

時間や労力など、資源は限られています。
効率を高めることは、仕事で言えば不要なタスクの削減や、スピード向上による自由時間の増加、エネルギー温存などメリットはきりがありません。

 

自分にとって重要度の低いものは、徹底的な効率化で削っていきます。
そして重要度の高いものは、生み出した余裕を全投入するのです。

 

・人生最適化の本質

人それぞれの人生、多様な幸せのもと、多様な最適化法があるとは思います。
何を追い求めるかで生き方は変わりますし、その尺度もそれぞれです。

 

しかし本質は

「ゆるさ(余裕)」と「効率」の二刀流

なんじゃないでしょうか。


追い求めるための余裕と、余裕を生み出すための効率
この二点を自分の軸に合わせて、意識して生活することで、主体的な人生を送ることが出来ます。


・まとめ

自分にとって何が必要か、幸せを感じるか、どれくらい求めるか


足るを知ることが出来れば、現状でも十分満足できるかもしれませんし、今後どうしていけばいいか道しるべが出来ます。

 

「人生最適化」なんていちいち考えなくとも、十分幸せな人もいるとは思います。

しかし、最適化に取り組んで絶対に損はありません!

 

自分の人生の責任は、自分にある

ならばゆるさと効率化の二刀流で、少しずつでも成長していきませんか?

 

僕はいつか来る終わりまで、この

「さざ波のような日々」

を生きていきます