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さざ波のような日々

ミニマムに変化し、ゆるく生きる

生きる意味に悩まされた

考え方

 

 

こんばんは、おりんです。
久しぶりのブログ更新は、2月に入ってから生きる意味に悩まされた話です。
最後以外ネガティブなので飛ばして構いません。

 

 


・悩みのきっかけ


2月初週に集中講義がありました。
内容は戦後の若者文化について


その中の60~70年代の学生運動についての話が僕を苦しめます笑

この時代、若者は社会を変えるという熱い思いを持って生きている。
そして手段はどうあれ自分の意思を重んじ、行動して主張していたように感じました。

 

そんな若者たちの姿や話を聞いているうちに、「自分は何のために生きているのか、何を成したいのか」を考えることに笑

 


これが答えが出ずに悩みまくる地獄の2週間の始まりです笑

 

 


・人が生きてる意味は無いのでは?


僕は迷惑かけなければ自由でいいと思う。

その範囲でなら自分のやりたいことをやっていいと、、


でも「やりたいこととは何か、やらなくても別にいいのではないか」なんてのが始まってしまう。

 

 

また「自分がどう生きていくか
僕の価値観『ミニマムに変化しながらゆるく生きる』
それが結果として何を成せるのか」
問いは時間を問わず語りかけてきます笑

 

 

そっからは回り回って、「そもそも生きてることに意味は無い
『産まれたから生きるのだ』なんて言われても、産まれたこと自体に意味はあるのだろうか」
そんなことまで考え始めるように、、

 

 

 

・結論未だ出ず


結局生きる意味なんて考えても仕方ないんです。
だって出てこないんだもん!笑

 

 

いや、人それぞれで持ってる人は持ってると思います。

「俺はこう生きたい、私はこうなりたい」

 

でもこれはそれぞれ自分で見つけるものであり、きっと人がどうこう出来るものでもない。

 

「人生は生きる意味を見つける旅」
とか
「生きる意味を探すことが生きる意味」
という考えもありましたが、それもなんとなく腑に落ちず、、

 

 

 

・原因は満たされてるから


こんなことを考えるのはきっと現状に満足しているからだと思いました。

 

「足るを知る」「ゆるく生きる」
その意味をきっと履き違えて解釈しているので、こうなってしまったのでしょうか、、

 

 

また現状に満足している一方で、一年後には社会人になるという変化があります。
先の見えない不安の中で、道しるべが欲しかったのかなとも考えられます。

 

いずれにしろ明日も知れぬ命ならこんなこと考える余裕などないはず。

 

 

家で転がってこんなことを延々と考えるなんて、生産性の欠片もない!
(でもそもそも生産性を求める必要はあるのか)

こんな感じで出てくる意見をすべてなぎ倒してました笑

 

 


・とりあえず生きてみる


こんな話、聞く人によってはとんでもないと思うでしょうが、僕にとっては本当に真剣な悩みです。

考え始めてから20日は経ちますが、休日は1日悩んで終わる日々でした。


なので現状は「とりあえず」生きます!


決して「なんとなく」生きるのではなくて、「とりあえず」目の前のことに集中して生きるって感じです。

 

 

「とりあえず」生きていれば、答えに巡り会えると思って。